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天国からの手紙1
2006年11月04日 (土) | 編集 |
「天国からの手紙」という番組があります。江原啓之さんの番組です。亡くなった家族から、残された家族へのメッセージを伝えるというものです。毎回見るたびに涙し、思い出されることがあります。

私の産みの父のことです。

以前にもブログにも書きましたが、産みの父親というのは「飲む・打つ・買う」を全部やっており、借金取りが家に来るような人でした。私が3歳4歳の頃なので、遠いセピア色の記憶です。

父親は家にいることは滅多になく、その頃の思い出といえば、母親に手を繋がれて銭湯に行ったこと・・・おもちゃ屋さんで赤いジョウロを買ってもらい、母親と砂場で遊んだこと・・・。父との想い出は全くありません。

父の顔も思い出せません。覚えているのは、母親に連れられて「パパが中にいるからね・・・」と、店の中に一人進んでいくと、四角いテーブルの周りに男の人が4人いて、私はその一人に名前を呼ばれ、膝に座ったことです。目の前には小さな四角い文字のかいた「積み木」が沢山ありました。雀荘でした・・・。それが父でした。

想い出はそれだけです。子供と言うのは不思議なもので、父親がいなくて寂しいと思うのは、恐らくもっと大きくなってからなのでしょう。父親がいなくて寂しいと思った記憶は、その頃はありませんでした。

両親は離婚しました。私は引越しをするので飼っていた「うさぎ」を手放すように言われました。白いうさぎを2羽飼っていました。とても大好きなうさぎでしたが、近くの幼稚園にあげることになったらしく、母に連れられ私はうさぎを抱いて、その幼稚園に行きました。ウサギ小屋に自分のうさぎを放しました。

母に手を繋がれて、何度も何度もウサギ小屋を振り返り、泣きながら歩いた覚えがあります。

それから何十年も経ち、結婚して子供を産んだ後に、知らない人から電話がかかってきたのでした。
「○○ちゃん?私のこと覚えていないからしら・・・。福島のおばちゃんよ。やっと○○ちゃんの居場所が判ったのよ。本当に良かった・・・。あのね・・・お父さんがね、癌なのよ・・・。」その女性は泣いていました。

私には、何がなにやらサッパリ判りませんでした。
この人・・・誰?お父さんって何?!

私には父がいます。父は、元気に仕事をしています。もし父ならば真っ先に実家の母から電話があります。

そして思い出したのです。産みの父だということを。
それでも半信半疑でした。私は、4歳で両親が離婚して以来、父とは一度も会ったことがありませんでした。

育ての父は、実の父以上に私を大事に育ててくれました。孫のことも「オレにそっくりだ!」と目に入れても痛くないほど可愛がってくれていました。私の父は、この世の中にその父だけです。

ただ、複雑な心境でした。何故なら、母親からずっと虐待まがいなことをされてきた私にとって、産みの父の存在は実は「神」にも近いものだったのです。

虐待を受け、小学校高学年・中学になる頃には、一人布団で「本当のお父さんに会いたい・・・私だけがこの家の子ではないから、母親は私が憎いんだ。本当のお父さんなら、こんなことはしないよね?」と思い続けてきたからです。その度に「お父さん、助けて」と思っていました。

母親に産みの父のことを聞けなかったのには理由がありました。子供心に「母親が悲しむ」と感じ取っていました。それは聞いてはいけないこと・・・。母と育ての父は、自分たちが再婚で私が連れ子だということを、私に隠していたのです。

私は全て覚えていたのですが、何も知らないフリをずっと続けてきました。

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2007/08/09(Thu) 09:22:34 |  みどりのblog
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